指先をおしゃれにすることで高齢女性らを元気づける「福祉ネイル」が東北で広がりつつある。女性として自信が高まり、認知症改善につながるとの研究もあるが、浸透はこれから。秋田県のデイサービスなどで「福祉ネイリスト」として活動する岩見しのぶさん(41)=秋田市=は「ネイルには人を前向きにさせる力がある」と認知度アップに取り組む。
 NPO法人ホームホスピス秋田(秋田市)が運営する「くららの家」を9日、岩見さんと後藤智子さん(52)=北上市=が訪ねた。
 「明るい色が似合うね」。2人は声を掛けながら、入所する藤原幸子さん(83)の手の爪にピンク色のマニキュアを塗り、右親指に春らしい梅の花とウグイスを描いた。「きれいだね」と施設職員らに囲まれ、藤原さんの表情が緩んだ。
 藤原さんはアルツハイマー型認知症で、会話を続けるのは難しい。付き添っていた娘の芳賀里美さん(55)=秋田市=は母親のうれしそうな表情を見て喜んだ。「母はよくマニキュアを塗っていた。きっと昔を思い出したのだろう」
 福祉ネイリストは2015年に設立された一般社団法人「シニアチャレンジッドメンタルビューティー協会」(SMBA、大阪府岸和田市)が認定する。
 協会認定校で高齢者への接し方を学び、実技研修などを経て資格を得る。全国で約400人が登録し、東北では約60人が活動する。
 ネイルは1人約20分で1回1000円。希望に応じマッサージもする。岩見さんは「名前を聞いて話し掛けることやスキンシップも大事にしている」と話す。
 認知症の症状が改善するという研究もある。吉備国際大保健医療福祉学部(岡山県高梁市)の佐藤三矢准教授らは12年、施設に入所する認知症の女性33人を、2週間に1回爪に色を塗るグループと、塗らないグループに分けて比較。塗ったグループは「集団体操参加への積極性や意欲」「食事の際の問題行動」の面で改善傾向が見られた。
 佐藤准教授は「自分が美しく彩られているというイメージが自信につながるのではないか。化粧や髪のおしゃれとは異なり、鏡を見ずに指先だけで満足することができる」と指摘する。
 課題は認知度のアップだ。岩見さんは「福祉ネイルと言っても伝わらなかったり、ネイルは遊びと思われたりすることもある」と語りつつ「ネイルが持つ力を多くの人に感じてほしい」と、県内の福祉施設などで受け入れ先を探している。

◎北上の後藤さん 震災時、避難所で活動
 後藤智子さんは青森、岩手両県でネイルサロンを経営し、ネイルで東日本大震災の被災地を元気づけた経験がある。現在は福祉ネイリストとして福祉施設などで活動するほか、盛岡市で福祉ネイルの認定校を運営する。
 後藤さんは震災後の2011年3月~15年5月、岩手県大槌町や石巻市などの避難所約50カ所を回り、約500人の被災者にネイルをした。同業者に協力を呼び掛けたものの「店を空けられない」と断られ、1人で活動を続けた。
 避難所では、ネイルを施された指先を見詰め「生きてきて良かった」と感謝する高齢女性もいた。震災の約1年後、活動を見守ってくれた大槌町の60代男性が、地元産のホタテを北上市のサロンまで届けてくれたこともあった。
 後藤さんは「身内を亡くした人でもネイルをすると笑顔になる瞬間がある。被災地での活動を通じ、ネイルには人を元気にする力があると確信した」と語る。
 福祉ネイルに出合ったのは15年。後藤さんは「おばあちゃんの笑顔が見たくて、福祉施設を訪れる」と笑う。卒業させた福祉ネイリストは25人。「東北で、もっと福祉ネイルを広めたい」と夢を描く。